インカの石組みはなぜ地震に強い?モアイはどう運ばれた?【第2回・精密な石組み】

こんにちは、さいろじ研究所のさいろじくんだよ。連載「世界遺産とその技術」の第2回へようこそ。前回の古代西洋の石とコンクリートでは、ピラミッドやローマの技術を追いかけたね。今回はもっと「どうやって作ったの?」の謎が濃い三つの遺跡——ペルーのインカの石組み、イギリスのストーンヘンジ、そしてラパ・ヌイ(イースター島)のモアイを取り上げるよ。連載全体の見取り図は総論ページにまとめてあるから、迷ったらそこへ戻ってきてね。

結論:接着剤なしで積む知恵と、仮説のままの運搬方法

インカの石組みは、モルタル(石やレンガをつなぐ接着剤)を一切使わずに、大きさも形もバラバラの石を紙一枚通らないほどぴったり合わせて積んだものなんだ。秘密は「先に据えた石に合わせて、次の石を少しずつ削って形を合わせる」という地道な試行錯誤で、道具は石のハンマーだけで足りたことが実験で確かめられているよ。しかもこの積み方は地震に強い。接着していないから、揺れると石どうしが目地(石と石の合わせ目)でわずかに動いて、摩擦で揺れの力を逃がすんだ。

ストーンヘンジは、巨大な砂岩(サーセン石)を約25km北から、青みがかった小さめの石(ブルーストーン)を約230km西のウェールズから、そして中央の「祭壇石」にいたっては700km以上離れたスコットランドから運んできた、と近年の産地分析でわかってきた。石を横に渡す「まぐさ石」を留めるのに、木工の継ぎ手を石に応用しているのも面白いところだよ。

モアイは、島の採石場にある軟らかい火山灰の石を石斧で彫り出したもので、「立てたまま左右に揺すって歩かせて運んだ」という実験が成功している。ただし、石の「運び方」や巨石の「据え方」は、三つの遺跡とも決定的な証拠が残っておらず、今も仮説の段階なんだ。じゃあ一つずつ見ていこう。

本論①:インカの石組み——石ハンマーだけで「紙一枚通さない」精度

まずはペルー。標高2400mの古都クスコや、天空都市マチュピチュ、その上にそびえる巨大な要塞サクサイワマン。ここで見られるインカの石壁は、多角形の石を組み合わせたものなんだけど、石と石の間にナイフの刃も入らないほどぴったり合っている。しかもモルタルを使っていない「空積み(からづみ)」——接着剤なしで石を積み上げただけの構造なんだ。この精度を見ると、つい「特別な失われた技術があったのでは?」と思いたくなるよね。

大きさの違う多角形の石が隙間なく組み合わさったインカの石壁を近くで見た様子。手前に小さな石ハンマーが添えられた水彩イラスト
大きさの違う多角形の石を、接着剤なしで隙間なく合わせたインカの空積み。道具は石のハンマーだった。

石ハンマーによる加工を再現した実験

この謎に地道に取り組んだのが、建築史家プロッツェンの研究だよ。1985年の論文『インカの採石と石加工』(Protzen, 1985)で、彼はペルーの採石場に残る石くずや加工途中の石を調べ、さらに自分で石を加工してみせたんだ。わかったのは、こういう流れ。まず岩盤や崩れ落ちた石の塊から、てこを使って石を取り出す。それを大きな石のハンマーで割って大まかな形にし、だんだん小さな石のハンマーに持ち替えて、叩いて表面を整えていく。

いちばん巧妙なのが接合の部分なんだ。次に積む石を、すでに据えてある石の形に合わせて、当てては削り、当てては削りをくり返して調整した——だから合わせ目がぴったり合う。プロッツェンは、この方法なら鉄の道具も切断機械も要らず、周りにいくらでもある石のハンマーだけで、そんなに大きな労力もかけずに加工・接合できたと結論づけているよ(Protzen, 1985)。つまり「レーザーで切った」「地球外の技術」といった話を持ち出さなくても、手に入る石の道具で説明がつくんだ。神秘の道具ではなく、根気と工夫の産物だったんだね。

台形の窓と、内側に傾いた壁——地震への備え

インカ建築をよく見ると、窓や扉、壁のくぼみが四角ではなく「台形(下が広く上が狭い形)」になっていることが多い。それに壁全体が、垂直ではなく少しだけ内側に傾いて立っている(専門的には「内傾」とか「バッター」と呼ぶ傾きだよ)。これはインカ建築にくり返し出てくる特徴で、地震のときに横から揺さぶられる力に対して有利だと考えられているんだ(Protzen, 1985)。上が狭く下が広い形は、重心が低くて安定する三角形に近づくから、倒れにくいというわけだね。

実際、クスコでは植民地時代に大地震が何度も街を襲って、スペイン人が上に建てた建物が崩れる一方で、土台に残っていたインカの石壁は生き延びた、という話がよく語られる。ただし、その地震が何年でどれくらいの規模だったかという具体的な数字は、昔の地震の推定なのでかなり不確かなんだ。史実として確かなのは、「インカの石組みが地震に強いという評判には、それなりの理由がありそうだ」というところまでだよ。

「石が跳ねて元に戻る」説の検証——目地の滑りと摩擦

ではなぜ空積みの壁が地震に強いのか。ここでよくある説明が「地震のとき、石が一瞬跳ね上がってまた元の位置に戻る」というものなんだけど——これはかなり劇的に盛った言い方で、正確ではないんだ。石が本当に跳ね上がって都合よく元の巣に収まる、なんてことは起きていない。

もっと穏当で正確な見方を示したのが、2024年の数値解析の研究だよ。リパたちは論文『サクサイワマンのインカ石壁の地震数値解析』(Lipa et al., 2024)で、サクサイワマンの壁を「一つひとつの石=硬い塊(剛体)」として細かく分けてコンピュータ上に再現し、石どうしがぶつかったり擦れたりする様子まで計算して、地震の揺れにどう反応するかを調べたんだ。そこで見えてきたのは、モルタルで固めていない乾いた目地で、石どうしがほんのわずかに回転したり滑ったりして、その摩擦で揺れのエネルギーを熱に変えて逃がす、という仕組みだった。摩擦で揺れを弱めるこの働きは「クーロン減衰」と呼ばれるよ。石がガチガチに固定されていないからこそ、揺れをためこんで一気に壊れる(共振)のを避けられる、というわけだね。

この研究は、ペルーで過去に起きた地震の記録をもとに、揺れの強さごとにどんな壊れ方をしそうかも見積もっている。ざっくり言うと、弱い揺れなら石が少しずれる程度でおさまるけれど、ある強さを超えると本格的な損傷が出てくると評価しているんだ(Lipa et al., 2024)。石を固めない選択が、結果として揺れをうまくいなす構造になっていた——インカの人たちがどこまで地震を計算していたかは分からないけれど、経験から生まれた形が理にかなっていたのは確かだね。

ちなみに、この巨石(サクサイワマンには推定で数十トン、大きいものでは100トンを超えるとも言われる石がある)を、どうやって採石場から運んで積み上げたのか。傾斜路を使ったのか、ころや大人数で引いたのか——ここは直接の証拠が乏しくて、いくつもの説がある段階なんだ。加工法(プロッツェンの実験)ははっきりしてきたけれど、運搬と据付の「How」はまだ仮説の域を出ていないんだ。

本論②:ストーンヘンジ——石の産地と組み方

次はイギリス南部の平原に立つストーンヘンジ。約4500〜5000年前に造られた環状の巨石遺跡だね。ここの面白さは「石そのものの出身地」がだんだん科学で分かってきたことと、石を組む工夫にあるんだ。ストーンヘンジの石は大きく三種類——巨大な砂岩「サーセン石」、小ぶりで青みがかった「ブルーストーン」、そして中央に横たわる「祭壇石」に分けられるよ。

イギリスの水彩地図。南部のストーンヘンジへ、ウェスト・ウッズ(約25km)、ウェールズのプレセリ丘陵(約230km)、北東スコットランド(700km超)の3つの産地から点線のルートが伸びる図解イラスト
三種類の石はそれぞれ産地が異なる。近いもので約25km、最も遠い祭壇石は700km超。

サーセン石の産地——約25km北のウェスト・ウッズ

まず目立つ巨大な門のような石が、サーセン石という硬い砂岩で、大きいものは20〜30トン級もある。この産地が2020年に大きく前進したんだ。ナッシュたちの論文『ストーンヘンジのサーセン巨石の起源』(Nash et al., 2020)では、1950年代の修復のときに1本のサーセン石(通称ストーン58)から抜き取られ、長年アメリカのフロリダに渡っていた細長い試料(石のコア)を分析できたんだ。石に含まれる微量の元素の割合を「化学的な指紋」として、イギリス南部20か所の砂岩の露頭(地表に石が出ている場所)と照合したんだよ。

その結果、今も立っているサーセン石52本のうち50本が、約25km北にあるウェスト・ウッズ(ウィルトシャー州)という場所の指紋と一致した(Nash et al., 2020;英国の文化遺産機関イングリッシュ・ヘリテージも解説を出している, English Heritage, 2020)。ただ、この指紋照合のやり方には別の解釈を唱える後続の論文もあって、2025年時点でも議論が続いているんだ。

ブルーストーンの産地——約230km西のプレセリ丘陵

もう一方の小ぶりなブルーストーンは、もっと遠くから来ている。産地はイギリス南西のウェールズ、プレセリ丘陵——ストーンヘンジから約230kmも西だよ。パーカー・ピアソンたちの論文『ストーンヘンジのブルーストーンの採石場』(Parker Pearson et al., 2019)は、実際に発掘して二つの採石場を突きとめたんだ。カーン・ゴエゾグ(斑点模様のある斑れい岩)と、クレイグ・ロス・イ・フェリン(流紋岩という火山性の石)だよ。

ここの岩は自然に縦の割れ目(柱状節理)が入っていて、細長い柱のような形にもともと割れやすかった。その割れ目に木のくさびを打ち込んで柱を剥がした、という採石のやり方が提案されているよ(Parker Pearson et al., 2019)。面白いのは時期のずれで、採石が行われたのは約5000年以上前なのに、ストーンヘンジにブルーストーンが立つのはそれより後なんだ。そこでパーカー・ピアソンは、「一度ウェールズの地元に石を立てて別の遺跡を作り、後からそれを解体してストーンヘンジまで運んだのかもしれない」という仮説も議論している。あくまで仮説だけど、石が遠路はるばる運ばれた事情を考えるうえで刺激的な見方だね。

祭壇石の産地——700km超離れたスコットランド

そして2024年、いちばん驚きの発表があったんだ。中央に横たわる「祭壇石」は、長いことウェールズ産のブルーストーンの仲間だと思われていた。ところがクラークたちの論文『ストーンヘンジ祭壇石のスコットランド起源』(Clarke et al., 2024)が、石に含まれる鉱物の年代と化学組成を細かく調べたところ、この石はスコットランド北東部のオークニー盆地から来たとわかったんだ。距離にして700km超——モニュメント用の石材の運搬としては記録上いちばん長い部類だよ(ロンドン大学=UCLもこの発見を伝えている, UCL, 2024)。

これだけの距離を陸で運ぶのは地形的にかなり難しいので、研究チームは船を使った海路輸送の可能性を有力視している。ただ、これも「そう考えると説明しやすい」という段階で、確定した運搬ルートや手段が見つかったわけではないんだ。新石器時代のイギリスに、そんな遠距離の石材ネットワークがあったこと自体が大発見で、「誰が・なぜ・どうやって」は、これからの研究テーマだよ。

石の組み方——木工の継ぎ手の応用

ストーンヘンジの2本の立石の上に横石が載り、立石頂部の突起が横石の穴にはまっている断面を示す水彩の構造イラスト
立石の頂部に作った突起(ほぞ)を、横石の底の穴(ほぞ穴)にはめて留める、木工の継ぎ手を石に応用した工夫。

ストーンヘンジで見逃せないのが、石の組み方だよ。2本の立石の上に横石(まぐさ石)を渡して門のような形を作るとき、ただ載せるだけだとずれてしまう。そこで使われたのが、木工でおなじみの継ぎ手なんだ。立石の頂部に小さな突起(ほぞ)を彫り出しておき、横石の底には穴(ほぞ穴)をあけて、そこにはめ込んで固定した。英語では「ほぞ・ほぞ穴」を mortise and tenon と呼ぶよ。さらに、横石どうしがつながる部分は、片方に凸、もう片方に凹を作って噛み合わせる「本実(ほんざね)」のような形で連結し、外周の横石が水平の輪を保つように工夫されている(English Heritage, 2020)。

木を組むための知恵を、そのまま石に置き換えたわけだね。金属の釘やモルタルに頼らず、材の形そのもので固定するこの発想は、実は日本の伝統建築にも通じるものがあるんだ。木の継ぎ手や組物の話は次回の第3回・木と土でつくる技術でたっぷり扱うから、そちらも楽しみにしていてね。

本論③:モアイ——軟らかい石の彫刻と「歩かせる」運搬仮説

最後は南太平洋、チリ領のラパ・ヌイ(イースター島)のモアイ。あの巨大な人の頭像だね。「どうやって彫って、どうやって運んだの?」という疑問は、この島の最大の謎として長いこと語られてきたんだ。

モアイの素材——軟らかい火山灰の石

島にはラノ・ララクという火口があって、そこは火山灰が固まってできた「凝灰岩(ぎょうかいがん)」という石でできている。固まった灰の石、と思えばいいよ。島のモアイの大多数は、この採石場の石から彫り出されたと考えられているんだ。凝灰岩は比較的軟らかいので、金属の道具がなくても加工しやすい。実際、モアイは玄武岩(かたい火山岩)で作った石斧「トキ」で彫られたと見られているよ。

彫り方も独特で、垂直な岩壁に正面からモアイの姿を彫り込んでいき、最後に背中と岩盤をつないでいる細い部分を切り離して像を独立させる、という手順だったと考えられている。軟らかい石を選んだことが、金属を持たない社会でも巨大な像を量産できた理由の一つなんだね。なお、最大級の未完成のモアイは全長20m超、重さ数百トンとも言われるけれど、この数字は資料によって幅があるんだ。

「立てたまま揺すって歩かせた」実験

直立させたモアイ像に左右からロープをかけ、交互に引いて像を揺すりながら前進させる運搬実験の様子を描いた水彩イラスト
直立させたまま左右に揺すって前進させる運搬実験のイメージ。底面が広く前傾した形が、揺すって運ぶのに向くという提案。

運搬については、島に古くから「モアイは歩いてきた」という言い伝えがあるんだ。これを実験で検証したのが、リポたちの2013年の論文『イースター島の「歩く」巨石像(モアイ)』(Lipo, Hunt & Haoa, 2013)だよ。彼らは4.35トンのモアイの複製を作り、18人が3本のロープを操作した。左右のロープで像を交互に揺すり、後ろのロープで前に倒れすぎないよう調整すると、重い冷蔵庫を左右に揺すって少しずつ動かすときみたいに、像が左右に振れながら前進して、100mを約40分で進んだんだ。

この説の根拠になっているのが、採石場から島の各地へ向かう道沿いに、運搬の途中で放棄されたらしいモアイが約62体も残っていることだよ。それらを調べると、肩幅に対して底面が広く、少し前かがみ(前傾)になっている。まっすぐ立たせると不安定だけれど、左右に揺すって歩かせるにはむしろ都合のいい形なんだ、とリポたちは論じている(Lipo, Hunt & Haoa, 2013)。つまり「道の途中のモアイは、運搬に適した形をしていた」というわけだね。

「歩かせた」説の現在地——決着ではなく有力仮説

ここで押さえておきたいことが二つあるよ。一つめは、この実験はあくまで「歩かせられる」という可能性を示したものであって、実際にそう運んだという証明ではないこと。横に倒して木のそりやころに載せて運んだ、という別の説(ヴァン・ティルバーグたちの実験など)もあって、そちらも実演には成功しているんだ。どちらの方法も「やってみたらできた」段階で、実際にどう運んだのかは今も決まっていないんだ。

二つめは、報道で時々見かける「92トンのモアイを歩かせた」といった表現には注意がいること。実験で歩かせたのは4.35トンの複製で、島の巨大なモアイそのものを歩かせたわけではないんだ。小さな複製で成り立った方法が、数十トン級の本物でも同じように通用するかは、そのまま当てはめて言えるほど確かめられてはいないんだ。

まとめ:道具と知恵で説明できる石の技術

今回の要点をおさらいするね。

  • インカの石組み:モルタルなしの空積みで、石のハンマーだけで「先に据えた石に合わせて削る」試行錯誤の加工をしていたことが実験で確かめられている(Protzen, 1985)。台形の窓や内側に傾いた壁は地震に有利で、揺れると目地で石が滑って摩擦で力を逃がす仕組みが数値解析で示された(Lipa et al., 2024)。「石が跳ねて元に戻る」は誇張だよ。
  • ストーンヘンジ:サーセン石は約25km北のウェスト・ウッズ由来(52本中50本が一致。ただし議論継続)(Nash et al., 2020)、ブルーストーンは約230km西のウェールズ(Parker Pearson et al., 2019)、祭壇石は700km超離れたスコットランド由来(Clarke et al., 2024)。まぐさ石は木工のほぞ・ほぞ穴を石に応用して留めていた。
  • モアイ:軟らかい凝灰岩を石斧で彫り出し、「立てたまま揺すって歩かせる」運搬実験が4.35トンの複製で成功した(Lipo, Hunt & Haoa, 2013)。ただし横倒し説もあって、実際の運搬法は未確定だよ。

三つの遺跡には「地球外の技術で作られた」といった俗説がつきまとうけれど、加工のしかたは当時手に入った石や木の道具で無理なく説明できることが、実験や分析でわかってきている。神秘に頼らなくても、根気と観察と工夫だけで、これだけのものが作れた——僕はそっちのほうがずっとすごい話だと思うんだ。

いっぽうで、石をどう運び、どう積み上げたのかという「How」は、三つとも決定的な証拠が乏しく、今も複数の仮説が競っている段階だよ。次回の第3回では、今回ちらっと出てきた「木を組む技術」を主役にして、日本や東アジアの建築を見ていくよ。連載の全体像は総論ページからどうぞ。それじゃ、また次回!

参考文献

  1. Nash, D. J., Ciborowski, T. J. R., Ullyott, J. S., Parker Pearson, M., ほか (2020). Origins of the sarsen megaliths at Stonehenge. Science Advances, 6(31): eabc0133. doi:10.1126/sciadv.abc0133
  2. Clarke, A. J. I., Kirkland, C. L., Bevins, R. E., Pearce, N. J. G., Glorie, S., Ixer, R. A., ほか (2024). A Scottish provenance for the Altar Stone of Stonehenge. Nature, 632: 570–575. doi:10.1038/s41586-024-07652-1
  3. Parker Pearson, M., Bevins, R., Ixer, R., Pollard, J., Richards, C., Welham, K., ほか (2019). Megalith quarries for Stonehenge’s bluestones. Antiquity, 93(367): 45–62. doi:10.15184/aqy.2018.111
  4. Lipo, C. P., Hunt, T. L., & Haoa, S. R. (2013). The ‘walking’ megalithic statues (moai) of Easter Island. Journal of Archaeological Science, 40(6): 2859–2866. doi:10.1016/j.jas.2012.09.029
  5. Protzen, J.-P. (1985). Inca Quarrying and Stonecutting. Journal of the Society of Architectural Historians, 44(2): 161–182. doi:10.2307/990027
  6. Lipa, L., Tarque, N., Pelà, L., & Goicolea, J. M. (2024). Seismic numerical analysis of an Inca stone wall in Sacsayhuaman using rigid body dynamics within a finite element framework. Engineering Failure Analysis, 161: 108254. doi:10.1016/j.engfailanal.2024.108254
  7. English Heritage (2020). New research reveals origin of Stonehenge’s great sarsen stones. English Heritage(公的機関ニュース).
  8. University College London (2024). Stonehenge Altar Stone came from Scotland, not Wales. UCL News(公的機関ニュース).

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