こんにちは!さいろじ研究所のさいろじくんだよ。連載「世界遺産とその技術」も、いよいよ最終回。ここまで僕らは、石とコンクリート、精密な石組み、木と土、そして水を治める土木と、昔の人たちが「どうやって作ったか」をたどってきたね。でも、作った遺産は放っておけば必ず傷んでいくんだ。石は溶け、木は腐り、海は迫ってくる。だから今回は視点を変えて、「作る技術」ではなく「残す技術」——遺産を記録し、直し、守るために現代の科学が何をしているのかを見ていくよ。
結論:「記録・修復・気候対策」の時代に入った遺産保存
遺産を未来へ残すために、いま科学は大きく三つの方向で動いているんだ。
- 記録する:レーザースキャンや写真から立体を復元する技術で、建物や石像を丸ごとミリ単位のデジタルデータにして残す。火災や地震で失われても、そこに「元の姿の記録」が残るようにしておくんだ。
- 直す:修復には「やり過ぎない・後から見分けられるようにする」という国際的な決めごとがあって、その上で材料科学が石の傷み方を調べ、汚れを落とし、壊さずに成分を分析している。
- 守る:気候変動がいまや自然遺産にとって最大級の脅威になっていて、海面上昇や凍った土の融解から遺産を守る取り組みが進んでいる。ただし、どれも「これで安心」という万能の答えではないんだ。
そしてこれらは、「壊れてから直す」だけの技術ではなく、「壊れる前に精密に記録し、リスクを見張る」技術なんだ。作る技術と同じくらい、残す技術も奥が深いんだよ。じゃあ、ひとつずつ詳しく見ていこう。

本論①:遺産を丸ごとデジタルに——3Dスキャンという「記録の技術」
写真とレーザー、二つの「立体化」のやり方
まず、遺産をデジタルで記録するってどういうことなのか。中心になっているのは二つのやり方なんだ。
ひとつはフォトグラメトリ(写真測量)。これは、対象を色々な角度からたくさん撮った写真の「重なり」をコンピュータで解析して、立体の形を割り出す技術だよ。ちょうど、人間が左右の目で見たわずかなズレから遠近を感じ取るのと似ていて、写真同士のズレから「その点がどれくらい奥にあるか」を計算するんだ。特別で高価な機材がいらなくて、普通のカメラでもできるのが強みなんだよ。
もうひとつがレーザースキャン(LiDAR)。こっちはレーザー光を対象に当てて、跳ね返ってくるまでの時間から距離を測る技術なんだ。光は速さが決まっているから、往復にかかった時間が分かれば「そこまでの距離」が正確に分かる。これを高速で少しずつ向きを変えながら大量に繰り返すと、表面の形が一気に立体データになる。暗い場所でも自分でレーザーを出すから計測できるし、精度も高いのが特徴だよ。
どちらの方法でも、最終的に得られるのは点群(てんぐん)と呼ばれるデータなんだ。これは「対象の表面にある無数の点の、三次元の位置座標の集まり」のこと。一つひとつはただの点だけど、何億個も集まって密になると、つないだときに建物や石像の立体そのものが浮かび上がる。砂で像を作るときの砂粒みたいに、点が細かいほど本物そっくりの形になるんだよ。フォトグラメトリとレーザースキャンを組み合わせて、この点群から3Dモデルを作るのが、いまの記録科学の基本の流れなんだ(CNRS News, 2019)。
CyArk——災害前に遺産を記録する非営利団体
この技術を「まだ無事なうちに世界中の遺産を記録しておこう」という使い方で広めたのが、CyArk(サイアーク)という非営利団体なんだ。2003年にアメリカのオークランドで設立された組織で、創設者のベン・カシーラはもともと携帯型のレーザースキャナ開発に関わっていた技術者だよ。
CyArkは、アンコールワットやポンペイ、チチェンイツァといった、40か国を超える200以上の遺産をレーザースキャンなどで記録して、そのデータをアーカイブとして公開してきたんだ(CyArk)。彼らの発想がおもしろいのは、「壊れてから記録を探す」のではなく、「今のうちに高精細で記録しておけば、災害で失われても復元や研究の手がかりが残る」という先回りの記録だという点なんだ。遺産は必ずいつか傷むという前提に立って、記録そのものを一つの保存の形にしているんだよ。
ノートルダム大聖堂——記録が復元に役立った実例と、その正確な範囲
この「先回りの記録」が現実に生きた例として、よく語られるのがパリのノートルダム大聖堂なんだ。2019年4月、この大聖堂は大きな火災に見舞われて、尖塔と屋根が焼け落ちてしまったよね。世界中がショックを受けたあの火事だよ。
実はその火災より前、美術史家のアンドリュー・タロンが2010年ごろに地上型のレーザースキャナを使ってノートルダムの内外を精密に計測していて、約10億点にもなる点群データを残していたんだ(National Geographic, 2015)。柱のわずかな傾きまで捉えるようなミリ単位の記録で、これは火災前のノートルダムの、最も網羅的な記録の一つとして復元研究に使われている。タロン自身は2018年、火災の前の年に亡くなっていて、自分の記録がこんな形で必要になるとは思っていなかっただろうね。
ただ、ネットではときどき「タロンのスキャンがあったからノートルダムは完全に復元できる」「あの記録が大聖堂を決定的に救った」といった語られ方をするけれど、それは言い過ぎなんだよ。実際の復元研究を支えているのは、タロンの点群だけじゃないんだ。フランス国立科学研究センター(CNRS)が主導する復元の科学プロジェクトでは、タロンの記録に加えて、火災前に別のチーム(Art Graphique & Patrimoine)が行ったレーザーと写真測量、火災後にあらためて行った新しい計測、さらには観光客が撮った大量の写真まで統合しているんだ(CNRS News, 2019)。
こうして色々なデータを束ねて作られるのが、デジタルツイン(そっくりのデジタルの双子)と呼ばれるものだよ。これは単なる3Dモデルより一段厚い情報のかたまりで、建物の形だけでなく、どんな材料でできているか、いつ誰がどう調べたかという記録まで一緒に持っている「デジタルの複製」なんだ(Gros ほか, 2023)。つまりノートルダムの復元は、一人の記録だけが救ったのではなくて、複数のデータと、それを扱う職人の技と、火災後の新しい調査が合わさった総合的な仕事なんだ。タロンの記録はその貴重な一枚のピースだった、という位置づけが正確だよ。記録技術はすごいけれど、「記録さえあれば元通り」ではないんだ。
本論②:修復の思想と材料科学
修復の原則——最小介入と識別可能性
記録の次は、実際に傷んだ遺産を「直す」話だよ。でも修復って、じつはとても難しい判断を含んでいるんだ。壊れた部分を新しく作り直せば見た目はきれいになるけど、それをやり過ぎると「もはや昔のものじゃない、現代人が作った復元品」になってしまう。逆に何もしなければ崩れていく。このさじ加減をどう決めるか、という問題があるんだよ。
その土台になっているのが、1964年にまとめられたヴェネツィア憲章なんだ(ICOMOS, 1964)。これは近代の保存思想の出発点になった国際的な取り決めで、大きく二つの原則を打ち出している。ひとつは最小介入——手を入れるのは保存に必要な最小限にとどめること。もうひとつは識別可能性——補修したり付け足したりした部分は、元の建築と「見分けがつく」ようにすること(第9条・第12条)。つまり、新しく直したところをわざと昔そっくりに偽装せず、よく見れば「ここは後から補った部分だ」と分かるようにしておく、という考え方なんだ。そうしておけば、後の時代の人が「どこが本物でどこが補修か」を取り違えずに済むからね。
奈良文書——文化ごとに異なる「本物らしさ」の基準
ところが、このヴェネツィア憲章の考え方には、実は西欧のものの見方が強く出ていたんだ。「元の石」「元の材料」がどれだけ残っているかで本物かどうかを測る、という発想だね。でも、これを世界中に当てはめると具合の悪いことが起きる。たとえば日本の木造建築は、伊勢神宮のように定期的に建て替える伝統があるよね。西欧流の「元の材料がどれだけ残っているか」だけで測ると、こうした建物は「本物じゃない」ことになってしまう。でも、それはどう考えてもおかしいよね。
この問題に国際的な答えを出したのが、1994年に日本の奈良で採択された奈良文書(奈良ドキュメント)なんだ(The Nara Document on Authenticity, 1994)。ここで鍵になるのが真正性(しんせいせい)という言葉だよ。これは「その遺産が本物であることの根拠」のことなんだけど、奈良文書はこの「本物であることの根拠」は文化ごとに違っていい、と正式に認めたんだ。石造建築を「元の石」で測る西欧の基準だけが正しいわけではなく、木を組み直し建て替えていく技術と伝統そのものに本物らしさが宿る文化もある——そういう多様な価値を認める枠組みなんだよ。ヴェネツィア憲章を否定したのではなく、それを世界の色々な文化に開いて広げたものだと考えるといいね。「直す」という行為が、その文化の技を受け継ぐこと自体でもある、という視点は、木の建築を見てきた第3回ともつながる話なんだ。
石を内側から壊す「塩」——塩類風化
さて、思想の話はここまでにして、こんどは「石がなぜ傷むのか」を調べる材料科学の話に入るよ。石造の遺産を最も手強く傷める要因の一つが、塩類風化(えんるいふうか)と呼ばれるものなんだ。名前だけ聞くとピンとこないよね。仕組みを噛み砕くと、こういうことだよ。
石には目に見えないくらい細かい孔(あな)がたくさん空いていて、そこに水がしみこむ。その水には、海からの潮、道路にまく凍結防止剤、土の中の塩といった塩分が溶けていることがある。晴れて水分が乾くと、孔の中で塩が結晶になる。この塩の結晶が育つとき、あるいは水を吸ってふくらむときに、内側から石の表面を押し広げる力がかかるんだ。これが乾いたり濡れたりを何度も繰り返すうちに、石の表面がぼろぼろと剥がれ落ちていく。石を外から削るのではなく、内側から壊していくのがこの塩類風化のやっかいなところなんだよ。
おもしろいことに、この「塩がどうやって石を壊すのか」という詳しい仕組みは、実はまだ完全には決着していないんだ。結晶が育つときの圧力が主犯だとする説、塩が水を吸ってふくらむ力が効くとする説などがあって、理論はいまも活発に議論が続いている(Oguchi ほか, 2021)。いま言えるのは「塩の結晶化と乾湿の繰り返しが、石を傷める主要な要因の一つ」というところまでなんだ。ゲッティ保存研究所のような機関が、この仕組みの解明と、どうすれば被害を抑えられるかの対策を研究し続けているんだ(Getty Conservation Institute)。傷みの原因がまだ研究途中、というのは、それだけ石と塩の関係が複雑だということなんだよ。

レーザークリーニング——有効性と限界
傷みの原因が分かってきたら、こんどは手当ての技術だね。石像や石造記念物の表面にこびりついた黒い汚れやすすを落とすのに、近年使われるようになったのがレーザークリーニングだよ。強い光を短く当てて、汚れの層だけを飛ばして取り除く方法なんだ。
この技術のいいところは、薬品を使わずに済むことと、汚れの層だけを選んで少しずつ削れることなんだ。ゴシゴシこすったり薬を塗ったりすると、大事な下の層まで傷めたり、思わぬ化学変化を起こしたりすることがあるけれど、レーザーなら当て方を調整して「不要な層だけ」を段階的に取り除ける。大理石などでは、すでに実際の修復現場で確立した手法として使われているよ(Fotakis ほか)。
ただ、これも万能ではないんだ。石の種類や汚れの性質によっては、レーザーの熱や光が下地そのものを傷めてしまう心配があるし、機材のコストも高い。そのため、どこまで使ってよいか、どんな石なら安全かをめぐって、専門家のあいだでも評価は分かれているんだ。便利だけど、対象を選ぶし、慎重な見極めがいる技術なんだ。保存の世界では、新しい技術ほど「効果」と「リスク」の両方を冷静に量ることが大事にされているんだね。
壊さずに中身を調べる——非破壊分析
修復するには、そもそも「その遺産が何でできているか」を知る必要があるよね。壁画の顔料は何か、金属像の成分は何か。でも、貴重な遺産から材料を削り取って調べるわけにはいかない。そこで活躍するのが非破壊分析(ひはかいぶんせき)——対象をまったく傷つけずに、光や電磁波を当てて成分を調べる技術なんだ。
代表的なものに、こんな手法があるよ。
- ラマン分光:光を当てて、跳ね返ってくる光のわずかな変化から「どんな分子・化合物か」を読み取る。たとえば「この青はどの顔料か」といった、化合物の種類を見分けるのが得意なんだ。
- 蛍光X線分析(XRF):X線を当てて、返ってくる特有の信号から「どんな元素(金属)が含まれるか」を調べる。「この像に鉛や銅がどれだけあるか」といった元素の情報が分かるよ。
面白いのは、これらを一つだけ使ってもだめだ、ということなんだ。XRFは「何の元素か」は分かっても「どんな化合物になっているか」までは分からない。ラマンはその逆。だから複数の手法を組み合わせて、元素と化合物の両面から材料の正体に迫るのが標準的なやり方になっている(Molecules 誌レビュー, 2024)。壊さずに、光だけで遺産の中身を読み解く——これも「残す技術」の大事な一角なんだよ。
本論③:最大の脅威——気候変動への対策
自然遺産の約3分の1に迫る気候変動の脅威
ここまでは一つひとつの建物や石像の話だったけれど、最後にもっとスケールの大きな話をするよ。いま、遺産にとって最大級の脅威になっているのが気候変動なんだ。
国際自然保護連合(IUCN)が2020年にまとめた自然遺産の評価では、世界の全252件の自然遺産のうち83件で、気候変動が「高い」または「非常に高い」脅威とされたんだ。割合にすると約3分の1(33%)。しかも前回2017年の評価とくらべると、状況が悪化した遺産が16件、改善は8件で、気候変動が自然遺産にとって最も大きな脅威になったという評価だよ(IUCN World Heritage Outlook 3, 2020;UNESCO/IUCN)。氷河の後退、海面上昇、サンゴの白化、山火事の増加——こうした変化が、自然の遺産をじわじわと追い詰めているんだ。
文化遺産の側では、国際記念物遺跡会議(ICOMOS)が2019年の報告書「Future of Our Pasts(私たちの過去の未来)」で、気候変動が文化遺産に及ぼす影響を体系的に整理しているよ(ICOMOS, 2019)。記録を急ぐこと、防災を組み込むこと、どの遺産がどれだけ弱いかを評価すること——複数の分野をまたいで対策を更新していく必要がある、という結論なんだ。なお、さっきの「33%」はIUCNが評価した自然遺産だけの数字で、文化遺産はICOMOS側で別枠として扱われているんだ。
ヴェネツィアのMOSE——高潮から街を守る可動式防潮堤
気候変動への具体的な備えとして、いちばん分かりやすい例がイタリアのヴェネツィアだよ。潟(ラグーン)の上に築かれたこの水の都は、もともと高潮による浸水(アクア・アルタ)に悩まされてきたけれど、海面上昇でその危険はさらに高まっている。第4回で「水を治める土木」を見たけれど、ヴェネツィアはいままさに「水から街を守る土木」に挑んでいるんだ。
その切り札がMOSE(モーゼ)と呼ばれる可動式の防潮堤だよ。ラグーンには外海とつながる入口が3か所あって、そこに合計78枚の大きな可動ゲートが海底に伏せて設置されている。ふだんは海底に沈んでいて船の行き来を邪魔しないんだけど、高潮が予測されると、ゲートの中に圧縮した空気を送り込む。すると内部の水が押し出されてゲートが浮き上がり、入口をふさいで海水が街に流れ込むのを止める仕組みなんだ。そして2020年10月、このMOSEは実際の運用で初めてヴェネツィアの街を高潮から守ったんだよ(Faranda ほか, 2023)。
ただ、MOSEも「これで完璧」とはいかないんだ。Farandaたち(2023年)は1966年・2008年・2018年・2019年に起きた大きな高潮を解析して、MOSEが1966年級の極端な高潮の「再来型」に対して、すでに防護できる力を持っていると評価している(前掲, Faranda ほか, 2023)。でも同時に、ゲートを閉めるたびにラグーンと外海の海水の入れ替わりが止まるから、頻繁に閉じると潟の中の塩分や堆積、生き物の環境に影響が出るのではないか、という懸念も指摘されている。海面が上がって閉鎖の回数が増えれば、この問題はもっと重くなる。長い目で見たときの生態系への影響は、まだ結論が出ていないんだ。街を守る技術が、その足元の自然環境にどう跳ね返るか——ここは今も研究が続いている難問なんだよ。

永久凍土の融解と失われる数千年の記録
もう一つ、気候変動が遺産を脅かす、あまり知られていない現場があるんだ。北極の永久凍土(えいきゅうとうど)——一年じゅうずっと凍ったままの土のことだよ。
この凍った土は、じつは考古学にとって宝の箱なんだ。木、骨、皮革、毛皮といった有機物は、ふつうの土の中ではすぐに腐って消えてしまう。でも凍土の中では、低温と酸素の少なさのおかげで、こうした有機物が数千年もほとんど元のまま保存されてきたんだ。ふだんなら残らないはずの「昔の暮らしそのもの」が、冷凍庫の中みたいに眠っている。これは、僕が前に紹介した南極の氷床コアの記事で書いた「氷が過去の空気を保存する自然のアーカイブ」という話と、じつはよく似た構造なんだよ。氷や凍土が、意図せず記録媒体になっているんだ。
ところが気候変動で凍土が溶けはじめると、この保存の条件が一気に崩れてしまう。溶けた土は浸食されやすくなり、これまで遮られていた酸素が有機物に触れて、微生物による分解が急速に進む。数千年もったものが、あっという間に失われていくんだ。Hollesenたち(2016年)が作ったモデルの試算では、今後およそ80年で、北極の有機考古資料に含まれる有機炭素の30〜70%が失われる可能性があるとされている(Hollesen ほか, 2016)。
この「30〜70%」はモデルにもとづく将来の予測で、すでに観測された確定値ではないんだ。それでも、幅を持たせても3割から7割という数字は、けっして小さくない。なお、これは北極の遺跡全般の話で、世界遺産に限った数字ではないよ。とはいえ、これまで自然が守ってきてくれた記録が、人間が変えた気候によって失われようとしている——という構図は、記録と保存を考えるうえでとても象徴的なことなんだ。
まとめ:作る技術と残す技術——連載の結び
最終回の要点を、もう一度おさらいしておくね。
- 記録する:フォトグラメトリ(写真から立体を復元)とレーザースキャン(光で距離を測る)で、遺産を点群としてミリ単位で記録できる。CyArkは先回りで世界の遺産を記録し、ノートルダムでは火災前のタロンの記録が復元研究の貴重な一枚のピースになった。ただし「記録さえあれば元通り」ではなく、復元は複数のデータと職人の技の総合なんだ。
- 直す:ヴェネツィア憲章(最小介入・識別可能性)と奈良文書(本物らしさは文化で違う)が修復の土台。塩類風化の仕組みはまだ議論中で、レーザークリーニングも万能ではなく、非破壊分析は複数手法を組み合わせて使う。「効果とリスクを冷静に量る」のが保存科学の姿勢だよ。
- 守る:気候変動は自然遺産の約3分の1を脅かす最大級のリスク。ヴェネツィアのMOSEは2020年に初めて街を守ったけれど長期の生態影響は未確定で、北極の凍土が溶ければ数千年分の有機遺物が失われると試算されている。
さて、これで連載「世界遺産とその技術」は全部おしまいだよ。振り返ると、僕らは本当に色々な技術を見てきたね。ピラミッドの巨石と自己修復するローマン・コンクリート、隙間なく積むインカの石組み、アンコールやローマの水を治める土木、そして木と土を組み上げる東アジアの建築。これらは全部、その土地の材料と知恵から生まれた「技術の結晶」だったんだ。
そして最終回で見たのは、その結晶を未来へ手渡すための技術だった。石・コンクリート・木・土・水という「作る技術」の遺産を、記録科学と材料科学と気候の科学が「残す技術」で支えている。昔の人が積み上げた技術を、いまの僕らが別の技術で受け継いでいく——世界遺産って、そういう技術のバトンリレーの舞台なんだと僕は思うんだ。次に世界遺産を見るとき、「どう作ったんだろう」だけじゃなく「これをどう残していくんだろう」という目でも眺めてもらえたら、この連載を書いた甲斐があるよ。
各回をまとめて見返したくなったら、連載の入り口である総論のページに戻ってみてね。それじゃあ、また次の記事で会おう!
参考文献
- CNRS News(Grégory Fléchet 取材、Livio de Luca コメント), 2019. A Digital Twin for Notre-Dame. CNRS News.
- Rachel Hartigan(National Geographic), 2015. Historian uses lasers to unlock mysteries of Gothic cathedrals. National Geographic(アンドリュー・タロンによるノートルダムの約10億点の点群記録を報じた記事).
- Antoine Gros ほか, 2023. Faceting the post-disaster built heritage reconstruction process within the digital twin framework for Notre-Dame de Paris. Scientific Reports 13, 5981. doi:10.1038/s41598-023-32504-9.
- CyArk. Historic Preservation through Hi-Def Documentation / About CyArk. CyArk 公式サイト.
- ICOMOS, 1964. International Charter for the Conservation and Restoration of Monuments and Sites (The Venice Charter). ICOMOS(一次文書PDF).
- ICOMOS / UNESCO / ICCROM, 1994. The Nara Document on Authenticity. UNESCO World Heritage Centre アーカイブ.
- Getty Conservation Institute. Salt Research: Mechanisms of Salt Decay and Methods of Mitigation. Getty Conservation Institute プロジェクトページ.
- Oguchi, C. T. ほか, 2021. A review of theoretical salt weathering studies for stone heritage. Progress in Earth and Planetary Science 8, 65. doi:10.1186/s40645-021-00414-x.
- Fotakis, C. ほか. Lasers in the Preservation of Cultural Heritage: Principles and Applications(ほかレーザークリーニング総説群). Accounts of Chemical Research ほか. doi:10.1021/ar900190f.
- Molecules 誌レビュー, 2024. A Review of Non-Destructive Raman Spectroscopy and Chemometric Techniques in the Analysis of Cultural Heritage. Molecules 29(22), 5324. doi:10.3390/molecules29225324.
- ICOMOS Climate Change and Heritage Working Group, 2019. The Future of Our Pasts: Engaging Cultural Heritage in Climate Action. ICOMOS(一次報告書PDF).
- IUCN(Elena Osipova ほか), 2020. IUCN World Heritage Outlook 3: A conservation assessment of all natural World Heritage sites. IUCN(一次報告書PDF).
- Faranda, D.; Ginesta, M.; Alberti, T.; Coppola, E.; Anzidei, M., 2023. Attributing Venice Acqua Alta events to a changing climate and evaluating the efficacy of MoSE adaptation strategy. npj Climate and Atmospheric Science 6, 181. doi:10.1038/s41612-023-00513-0.
- Hollesen, J. ほか, 2016. Climate change and the loss of organic archaeological deposits in the Arctic. Scientific Reports 6, 28690. doi:10.1038/srep28690.
- UNESCO World Heritage Centre / IUCN, 2020. Climate change now top threat to natural World Heritage – IUCN report. UNESCO World Heritage Centre / IUCN 公式ニュース.


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